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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)896号 判決

上告人(原告)

高山友三郎

被上告人(被告)

山口修正

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水谷賢の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、上告人の本訴請求を棄却した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 本山亨 団藤重光 藤崎萬里 戸田弘 中村治朗)

上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法律解釈の誤まり、事実の誤認及び最高裁判例の違反が存する

一 即ち、原判決(控訴審判決)理由中、二2(一)において、『「企業の従業員としての代替性がないこと」をもつて相当因果関係存在の一つの判断基準とするのは相当ではない』と判示するが、第一審判決理由二で判示された如くつまり、最高裁昭和四三年一一月一五日判決(最判民集二二巻一二号二六一五頁参照)で判示されている如く、要旨、「雇主が加害者に対し右損害の賠償を請求しうるためには、被害者に右企業の従業員としての代替性がなく、被害者と雇主とが経済的に一体をなす関係にあることを要するものと解されるのである。」

前記最高裁判決で判示する「企業の従業員としての代替性がないこと」という要件は「経済的に一体をなす関係にあること」という要件と並列して、又は相まつて判断される要件の一つであることに間違いない。即ち右「企業の従業員としての代替性がない」という要件は相当因果関係存否の判断に欠くことのできない一要件である。

にも拘らず、原判決において、「相当因果関係存在の一つの判断基準とするのは相当ではない」と判示する部分は以上のことから、明らかに前記最高裁判決に違反し、又民法七〇九条の一要件である相当因果関係存否の判断を誤まり、同法条の解釈を誤まるものである。

二 次に、原判決はその理由中二2(一)において、「従業員が事故により事業に従事できなくなつても、右方策に従い直ちに他の者を補充し事業に支障を生じさせないことができる……」旨判示するが、右判示部分には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある。

即ち原判決の認定した事実のとおり、訴外山谷は一、二〇〇戸の顧客との間に絶大な信頼関係を作り、配置販売業務に従事していたものであるがこのようないわゆる「薬売り行商人」という特殊な又前近代的業務に従事する人間を予め事故に備えて不断に用意するなどは事業主の営業努力ひとつで可能であることを前提としているものであつて、およそ原判決は原告のような事業主に不可能を要求しているものであつて、これは、「富山の毒消し売り」と称される配置販売の業務の実態につき重大な事実の誤認があるものである。

三 更に原判決はその理由中二2(一)において、本件損害は一般通常に予見可能であつたとはいえない旨判示するが現代社会において交通事故による被害者の多くは何らかの事業の従業員であるという実態を直視するならば、右予見可能性の判断も不法行為制度の立法趣旨である公平の観点に沿うようゆるやかに解釈されるべきものであつて、勿論本件も一般通常の予見可能性はあるというべきであり、この点においても民法七〇九条の解釈を誤まつているというべきである。

四 なお、仮に前記一般通常の予見可能性がないとしても、本件には特段の事情が存するというべきである。

即ち原判決理由中一2(二)において、山谷と被控訴人は別個の自然人で形式上も実質上も別個の人格を有するものであるのみならず……別個の経済生活を有し……」と判示し、経済的一体性はない旨判示する。

ところで、右「経済的一体性」なる要件は前記最高裁判決で示された一要件であるが、原判決が認定する「経済的一体性」の判断は、徒らに法的主体の個数、或は経済生活の個数に重点を置くものであつて、前記最高裁判決の解釈を誤まりひいては右判決に違反するものである。

即ち、事業主とその従業員とがそれぞれ個別に経済生活を営むとしても、各人が事業にどのような形態で関与し、事業を遂行し、右事業による経済的利益をあげているか、その実態を直視すべきであつて、単に形式的に法的主体の個数経済的生活の個数に着目しているわけではない。

上告人と山谷はいわゆる富山の薬売りといういわば前近代的な業務に従事して、原判決で認定した事実の如く、上告人が仕入れた配置薬を山谷が永年築いた信用と経験のもとで初めて、右「薬売り」の仕事ができるのであつていわば近代的な店舗をもうけて販売する薬売りとは大きく異なるという特殊性が存する。

上告人と山谷との関係は総合してみれば両人あいまつて一つの営業主体というべきものであつて決してこれを分割してみてもこのような特殊かつ前近代的事業の本質をつかむことはできないものであり、まさしく本件のような場合こそ、経済的一体性があるというべきであり、またここに「特段の事情」が存するというべきである。これを否定して、上告人の損害が救済されなければ、上告人の如き零細事業者の損害は全く回復されず不法行為制度の趣旨である公平の観念にも大きくもとるものというべきである。以上の如くこの点においても原判決は前記最高裁判決に違反し民法七〇九条の解釈を誤まれるものである。

第二点 (結論)

以上の理由で原判決はその破毀を免れない。

以上

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